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腐ハウスブログ

腐女子4人でシェアルームしてます。

腐ハウスの毎日とそれぞれの毎日

危険地帯に走っていけ、あるいはここ(アイドル)でひからびる

気がついたら一ヶ月以上間があいていた!
新年度ですね。心機一転の季節ですねって感じなんですけど4月1日から熱愛報道!!!!もうね、エイプリルフールにエイプリルフールじゃないことしないでくれる?て感じですよ。紛らわしいよ!!!!

なんかもう熱愛報道出るたびにぐるぐる考えて結局いつも同じ袋小路に迷い込んでるんですけども、今まで自分が書いたものを読んだら本当に同じことばっか言っていた。


先日、友達と一緒に水樹奈々ちゃんの東京ドームライブに行った。観客がすごい勢いで跳んだり跳ねたりしながらペンラを振り上げてすごい大声でコールして皆汗だくになっていた。私はそれを見ながら、SHINeeでこれやったらすぐに「そんな上に手を上げたら後ろのひとがSHINee見えないからやめてください」てなりそう、と思った。実際ものすごいみんな動くので、舞台上の奈々ちゃんをその隙間から追うのは結構大変だった。双眼鏡で野鳥の会してるひとも見かけなかった。
同じ「ライブに行く」という行動をしているけれども、みんな「何を見に行ってるのか」は全然違うのだなと思った。

何度も思うけど、何にしても、気にしないひとは全然気にしないのだ、と思う。そして気にするひととは永久に交わらない。


アイドルの熱愛とか出るたびに、私も勝手に明日は我が身と思って少なからずしょんぼりした気持ちになるのだけど、アイドルだってただの人間だし恋愛くらいするでしょってのはそりゃ思いますし自分がアイドルと付き合いたいわけでもあるまいに、一体何にそんなに悲しくなったりしているんだろう、と考えても考えても結局のところよくわからない。


「アイドル」と銘打つということは、ほかの地域においてはどうだか知らんが、日本においては「すきって言ってもいいよ」と宣言されている「空間」を設置することだと思っている。その「空間」は、ファンはただ「すき」の気持ち一本で押し切っても何も文句を言われないとてもファンにとって「安全な空間」である。

それ以外の空間を考えてみればわかるが、「アイドル」以外の空間というのはなかなかキツいものがある。特に女子のファンに対して。
音楽つったってちょっと「いいね」とか言うとすぐにウンチク垂れる奴が近寄ってくるし、それがよくわからないと「所詮ミーハー」とか言われるしかといって知ってりゃ知ってたで「お前はなかなかわかるやつだな」って何様やねんお前。漫画とかアニメもそうですけども、単なる同じ「ファン」だっつってんのになんでそんな女ってだけで一段下に見られなきゃいけないこと多いの?て話だ。少年ジャンプなんかも本当そうで、「女の読者はいらない」とか暗にどころかおおっぴらに言われることもあるのでもうね、私ら同じジャンプの読者で同じ料金支払ってジャンプ買ってますしっていうかグッズとか含めたらかなりのとこお宅様をよく支えていると思いますけどね?的な。

そういうのが「ない」んですよ、と「安全さ」を宣言された空間が「アイドル」なんじゃないかと思う。うちわに名前書いてキャーキャー叫んだって誰にも笑われない、誰にも「ミーハー」だなんて責められない、「イケメン」をすきで何が悪いって言うんだ、むしろそれが推奨されるくらいの「安全な空間」を提供してくれる、この世界の稀有な存在としての「アイドル」。


問題は、この「安全な空間」が結局のところつくりもの、制限された時間のレンタルだということだ。
アイドルにも現実の生活があって人間関係があって、「アイドル」として振舞いファンの気持ちを受け止めるのは「つくりもの」であるということ、それは限られた時間と空間にアイドル自身の身体を「レンタル」しているということを、知っているけど、どうしても忘れがちになる。


「お金を払ってるんだから、しっかり仕事をして「夢」を壊さないでくれよ」というのがある。
それは、アイドルが結局のところ本当は人工的な「安全な空間」でしかなく、その周りには私たちと同じ現実があると一度知ってしまえばもうそこは「つくりもの」としか感じられなくなってしまう、「夢が壊れてしまう」と感じてしまうということだけど、もともとそこを「夢」だなんて思ってないひとからすれば「一体何を言っているんだ」状態だ。「最初からそんなもん知ってただろ」、あるいは「それ一体何が壊れるというのだ」などなど。


私は、「お金を払ってるんだから」という言葉は本当に暴力的だと思うが、しかし一方で、これが女ファンという存在の唯一の「武器」だとも思う。
さっきのジャンプの件でもそうだけど、「私たちを無視するな、私たちだって同じように金を払ってるんだ」と言いたくなるときというのは、私にもある。「サンジ君(ハート)」て描いたうちわ持って「ワンピース」という空間にいたって何が悪いというのか? 私だってほかのひとたちと同じにお金払ってるわ!と言いたくなるときが、確実にある。このとき、「私だって金(しかも自分で仕事して稼いだ金)を払ってるわ!!」と言うこの言葉は、むしろ私の、「矜持」かもしれない、とも少し思ってしまう。


女が自分の仕事を自分でもってその稼いだお金でアイドルを追う、というのは最近の出来事らしい。

sasagimame.hatenablog.com

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こちらのブログが大変興味深かったのだけども、日本ではSMAPより前は、アイドルというのはもっと賞味期限の短いものであったらしい。ファンもアイドルも、大人になれば「アイドル」というものから卒業する、という世界。多分日本以外の世界では、いまだにこっちが主流なんじゃないだろうか。韓国のアイドルも、ファンは学生を卒業すればファンもやめる、というのが大体であると聞くし、欧米なんかでも多分そうだろうと思う。ファンの命も短いから、アイドルの命も短い。
理由は何なのだろうか。イケメンにキャーキャー言うようなことが許されるのは学生まで、社会に出て大人になれば、「そういう子供みたいなこと」はしなくなるべき、ということだろうか。仮想恋愛の世界はおしまい。私たちは現実世界の人間関係を築き、現実世界で恋をする。そういうことなのだろうか。

それがSMAP以降は、アイドルの寿命もファンの寿命も劇的に延びたという。ブログでは、様々な要因が考察されているが、女性の就業率が伸び、一方で晩婚化が起き、自分で稼いだお金でアイドルを追う、ということができるようになったこともあるのではないか、と言われていた。

 

私は、大人になったアイドルと、大人になったファンが、それでも「アイドルとファン」を続けていくための方便が、「恋愛や結婚をしても表に出さなければいい」だと思う。

ティーンのころならそりゃあマジ恋はもう全身全霊をこめたマジ恋だって周囲も「若い子ってそんなもんかな」って思ってくれたりするしアイドルに熱愛発覚して泣きはらしても怒り狂っても「若い子ってそんなもんかな」と思ってもらえる。しかし25歳とか超えてくるとさすがに本人も周囲も「いやいやいや…いやいや…??」となってくる。
多分ちょっと昔なら、そこで普通の「恋」のように終わるものだったのかもしれない。例えば高校の隣のクラスのちょっとしたイケメンみたいな。「カッコいいなー」とか思ってても、大体その子に恋人ができて知らないうちに勝手に失恋してたことを知り、やがて自分も学校を卒業して大人になって、自分にも恋人とかできたりして完全に「そんなこともあったな」みたいな記憶になり、やがて数十年後の同窓会で再会したらただのおじさんになっていて笑うみたいな一連の流れ。
もしかしたら、アイドルはそういうものだったのかもしれない。

しかし今は違う。アイドルもファンも大人になっても「アイドルとファン」をやり続ける。さすがにファンだって、いくらマジ恋でも、アイドルがただの人間でもちろん恋人がいたり家族がいたりするということはわかっている。「恋愛なんかしないでファンのことだけを考えろ」とはさすがに言えない。
でも、でも、「アイドル」に夢を見続けたい、恋し続けたい。

なら、ファンの目に入る部分でそういうことをしなければ、ファンの見えないプライベートでやってもらえるなら、実際のことはもういい、「見ない」ことにする。ファンの目に見える「アイドル」の部分が変わらなければ、それでいい、そういうことにする。実際のアイドル本人のことなんか何も知らんけども、ただファンの前に現れる部分で「アイドル」をやってくれればそれでいい。あとは何がどうあろうと知らなければ問題ない。

そういう方便なのだと思う。本心からというより、大人になっても「アイドル」という期限付きの空間を楽しむための方便。

 

私は、アイドル本人が大公開して恋愛したいんならやれたらいいと思うし、隠したいなら知る必要は一切ないと思うし(なので本人が知らせないものをわざわざスッパ抜く必要はないと思っている)、なんというか「自分はそういうスタンス」と表してくれれば、まあこっちも心づもりができてありがたい、と思うけど現実はそうではない。
どんな芸能人だって、マジ恋のひとはいるところにはいる。必ずいるとは言わないが絶対いないと言い切ることはできない。そしてマジ恋的にすきになったら、たとえなんであっても熱愛とか結婚とかで悲しんだりファンやめたりするひとは、いる。マジ恋的にすきになることは、誰も止められはしない。

アイドルと非アイドルの違いがあるとしたら、それは「マジ恋的に恋しても大丈夫な空間」と認識されているかどうかだと思う。
アイドルは、「マジ恋的にすきになっても大丈夫だよ」、と宣言された場所に見える。なんというか見える人には明らかに見える(そして見えないひとには全く見えない)看板が立ってるような。そしてその看板につられて、そこへ入っていくひとは、その「空間」にお金を払う。
アイドルは、歌やダンスのスキルを売るのではなく、「『アイドル』というマジ恋安全地帯を提供するプロ」として見なされているのだ。だから、「マジ恋」に水をさす行為、たとえば熱愛とか、は、「プロとして失格」ということになる。


問題なのは、アイドル本人が「マジ恋安全地帯を提供するプロ」になりたいのかどうか、だ。
なりたいひとも、もしかしたらいるかもしれない。けども大体は、それを絶対に貫徹するんだという意思で始めるのではないだろうし、気がついたらそうなっていたが今更ほかにできることもないのでやってるということもあろうし、そもそもものすごく若年で仕事を始めるひとが多いから、仮に本人がそう思っていたとしてもやっぱりそれは経年変化するものだし、「子どもの決意」だから周りの大人がきちんと守らなければ駄目だろう。

「マジ恋安全地帯」をある個人に背負わせるのはやっぱり無理なのかもしれない、と思う。マジ恋をするなら、こっちもそれが敗れたときのダメージまで込みで覚悟の上ではじめたい。だが現実そんな簡単に覚悟もできないしいざとなったら暴言をはいてしまったりする。どっちを向いても悲しいのでやりきれない。


一番つらいのは、「マジ恋」の女ファンていうのは「アイドル」以外のジャンルではとにかく馬鹿にされがちなことだ。ミーハーとか子どもっぽいとか、それに「イケメン」という要素まで入ればもうとにかく「そんなやつはファンじゃない」とか「私はそんなファンじゃない」とかそういう声は、聴くとつらい。オタク界隈のほうでも、腐女子に比べると夢女子(キャラ対自分で妄想をする)はあからさまに馬鹿にされていたりする。(かくいう私も夢界隈は通ってこなかった、多分自分のなかにもそういう意識があった)
「マジ恋安全地帯」が必要じゃない、というひとから見ればだからそれを宣言するのをやめろよという話なのだが、それが必要とされてこんなにひとが群がっちゃうのは、やっぱり社会のほうにもそれを必要とするだけの抑圧なんかがあったりするからだろうと思うのだ。

「マジ恋していいよ」と銘打って売り出したのだから当然、そこにやってくるのは「マジ恋していいんだ!!」とマジ恋心を開放しちゃった人々である。マジ恋ファンはどこにでもいると言ったけど、アイドル以外の場所ではどこでも少数派なので、まあ荒れても大した事ないと見なされる。
しかしアイドルの場合ファンのかなりの部分がマジ恋層なので、ひとたび荒れれば大事件大嵐である。なんせマジ恋ファンがマジョリティだから。


そんで最後に。私は「お金を払っているんだ」というのも、「隠してくれさえすればいい」というのも、結局のところ、なんというか「マジ恋」の気持ちを言い換えるための言い回しなんじゃないかと思う。
マジ恋って本当に馬鹿にされるから、それにマジ恋してショックを受けていることを直接的には言うのがはばかられて、それで「お金を払ってる」とか「契約をしている」とか「隠せばいい」とか言って、マジ恋的な気持ちを持っているのではなくて「仕事とわかってすきになっているんだ」ということを、アピールしようとしての言葉なんじゃないかと、思うのだ。「本気で芸能人すきになるとか馬鹿じゃないの」っていう周囲の声あるいは自分の心の声へのアピール。
ていうか自分で自分がマジ恋と認めるのも結構つらい。だから、「そうじゃない、そうじゃないんだけど、」というあがきのうえに出てきたのが、「お金」とかそういうものだったんじゃないかと思うのだ。
「こっちは金を払ってるんだ」とか言い出すなんてまるでキャバクラじゃないかというのを見たけど、まあそうですよね、構造は同じだと思う。「金を払ってるんだ」と言うひとは大体、仕事でやってるひとを本気ですきになっちゃっててそれを自分で認めたくないから言うのだと、思う。


いやもう書いてて悲しさしかない。アイドルをすきになっても結局のところ私の「すき」がアイドルを追い詰めるのかと思うと、悲しい。それもこれも「すきって言って笑われても気にしない」みたいな強い心が私にないから、ついつい安全で都合のいい対象を求めてしまうのだろうか。それって端的に言って処女厨ではと思う。自分最悪だなあ、ということに気づいてしまった。あああ処女厨か…


ますます希望がない。アイドルは「すき」の気持ちと一緒にその他の暗い感情も解き放ってしまうパンドラの箱なのだろうか。
ではその底に残る希望とはなんだろうか。

しかしそれもやっぱり、「すき」の気持ちなのかもしれない。