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腐ハウスブログ

腐女子4人でシェアルームしてます。

腐ハウスの毎日とそれぞれの毎日

なんてことはない雑記

ゆう

朝、用事をひとつ片付けてのち、新宿御苑に行った。会社に行ってもよかったのだけれど、今日は絶対行くなんていってないしな、行っても仕事ないし、天気良いし、とのことから行くのをやめた。

新宿御苑には4ヶ月に1回くらいは行く。植物がたくさんあるのでどの季節に行っても楽しいのだけれど、単純にだだっぴろい空間が広がっているので、行くとなんとなく気持ちがゆったりするのだった。

今日は暖かかったこともあり、どの木の下にもひとがいてお弁当をひろげていたり、芝生ではヘテロカップルもゲイカップルも同じように並んで日向ぼっこなどをしており、その横を子どもが走り抜けていくさまは穏やかさの極み、というかんじで、わたしも木陰で本を読みつつ、その空気を思う存分吸い込んできた。単純な人間なので、それだけでしあわせだなあと思ったのだった。

最近、しあわせについて考える。年齢のせいだろうか、周囲からなんとなーくなんとなーく「結婚」の圧力はあり、わたしも表向き「いいひとがいたらね~」などとは言うのだが、どうにも恋愛が得意ではなく(片思いしては頭が馬鹿になる、ということはあったが)かつ、パートナーを強く求めるようなこともないので、結婚というか、そもそも「お付き合い」が地味に遠いのである。しかも「がんばってみない?」と周囲に言われ、人の見よう見まねでアプローチしてみたり、されてみたり、みたいな、自然と出来る人とは異なる茶番を演じた結果、「ああ、無理だな!」と改めて思ってしまったのだ。ちょっと前に。

いまルームシェアをしていて不自由なく毎日楽しく暮らしているわけだけど、これがいつまでもは続かないのだろうということもわかっていて、だから「いまがよいから」といって安心していられるわけじゃないってこともわかるのだけど、さてじゃあこれ以外のかたちでわたしはどう暮らしていったらよいのか、とすると、ちょっとわからない。このルームシェアが解消されるときに一人暮らしに戻るんだろうか、と考えたりもする。けれど自分ひとりの暮らしにどうも飽きてきた、と感じていたときに運よく腐ハウスに来られて、その上で楽しく暮らしているので、もとに戻るのはやっぱりちょっと物足りないような気もする。

ルームシェアをしていると、「よくルームシェアできるね~絶対無理」というようなことも言われたりもする。ただ、わたしにそれを言ったひとの多くは結婚生活を営んでおり、違いは多々あるのだろうけれど、環境の異なる場所で育った他人同士が共同生活をする、という意味ではそう変わらないのでは、と思ったりする。結婚生活とルームシェアの生活。違いはあるだろう、あるだろうけれど、別に絶対無理といわれるようなそれでもない、と思うのだ。

今日新宿御苑でわたしはしあわせだなあ、と思って、周囲もしあわせなように見えたけれども、それが本当かはわからない。きっとあの瞬間はしあわせだったとして、ふたを開けてみたらそうじゃない、みたいな可能性もなくはない、というかたぶんそういうことはあるだろう。わたしだって、別にずっとしあわせだなあ、なんて思っておらず、瞬間最大風速みたいなものだけど、それでも自分にとってのしあわせはあって、手の中のそれをまあまあ大事にしながら、時々眺めたり隠したり、転がしたりして今があるので、いつまで続くかなあと思いながら、今を続けるのだろう、と思う。

先日、あやさきさんと腐ハウス老人ホーム計画も話したので、いつかそういうこともあるのかもしれない。

くるくるさんの書く記事がものすごい拡散数なので、このブログもうくるくるさんのブログにしたほうがいいんじゃ、みたいな話もするのだけど、せっかくみんなではじめたし、ときどきこうやってどうでもいいことも書きますね。それではまた。