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腐ハウスブログ

腐女子4人でシェアルームしてます。

腐ハウスの毎日とそれぞれの毎日

蜃気楼の向こうにペニーレインが見えるかもよ

くるくる


「腐ハウス」ブログって言ってるのに韓流アイドルのことばっかり書いてて全然「腐」感がないよねって話をしていて、そろそろもっと「腐」を押し出していったほうがいいんじゃないかって言ってたんですよね。
おすすめBLとか書く?とか、これまでのジャンル遍歴とか晒す?とかつい数日前に話してたんですけど。

そしたらまたどっかんどっかん来たので、本当休ませてくれないね韓流は…


さすがに連続したせいか、今回は驚くとか悲しむとかそういう動作がなんか鈍かった。
いや私がメインに追ってるのがSHINeeで鹿ペンでわけでもないからなのかな。
こういうことがありうるってこと知ってたからだろうか。


職場でネット見てたら鹿さんが、SMを提訴したという情報が入り、驚いたけどなんかそれを上回る虚脱があった。
ツイッタ追ってたけど、流れてくるツイートを見ても、そういう印象があった。
昼休みになって、私は
「午前中に贔屓にしているアイドルグループから脱退者が出たので、私は午後は悲しいです。よろしくお願いします。」
と宣言したよね職場の同じ島のひとにね。

何がどうなってそんなことになったのかはただのファンである私達には永遠に分からないのだろう。
鹿さんが何を考えてこういう行動に至ったのか、メンバーはどう思ってるのか、知ってたのか、どうだったのか、じゃあクリスはどうだったのか。
きっと永遠に分からないことだ。

たくさんの憶測があり、私も憶測をせずにはいられない。
やっぱり外国で芸能活動するのすごく大変だったのかなとか、韓国芸能界のスケジュールの無茶さが思ったよりも厳しいものだったのかなとか、ホームに帰りたくなったのかなとか、嘘とも本当ともしれない「親友」の語ったとされる「お父さんとお母さんが心配になった」という話であるとか。
このことをEXOの皆は知ってたんだろうかとか、レイレイのメッセージから察するに今回はさすがに少なくともチャイナメンバーは知ってたのかなとか。
これから先10人になっちゃってMのほうなんか4人になっちゃってどうするんだろうとか、ダンスのフォーメーションどうするんだとか、歌のパートは、とか。

憶測し不安になり心配することは山ほど。
それをしないでいることなんて不可能だろう。
もちろんネットに溢れている情報は大体が出どころの知れない真偽不明のものばかりであることは知っている。
会ったことも話したこともない人々の胸の内など知りようもない。
まして外国の芸能界に渦巻くらしい陰謀的な話など全く手に負えない。

それでも、妄言や自分の不安に振り回されないでいることは難しいし、怒りや悲しみに少し前が見えなくなってしまってもやっぱり仕方がないと思う。
だってそうじゃなきゃこの感情をどうにもできないでしょう。


だから、私は適度に、自分に感情の嵐から故の過誤を許すことにしているのです。
アラサーになって覚えた私の自分とのお付き合いの仕方として。

 

それにしても今年は色々あったんじゃないかなと思う。
私韓流にハマって一年目なのに、なんかニュースのある年にブチ当たったなあ、とかのんきに思ってるけども長年追ってきた人達からすればまあ大したもんだったろう。

こうやって去っていく人達がいるとどうしてもすぐにSHINeeのこと考えてしまう。
今日本ツアー中で、なんかほんと売れない演歌歌手の巡業みたいな訳分からん日程でちっさい地方の市民会館を回っているSHINee
蓋を開けてみたら生バンドで観客との距離が近くてすごくいいみたい。SHINeeも楽しそうだし。
最初の頃は様子をうかがっていたと思しきマスターさん達?も段々写真とか撮り始めてるのか、あがってくる動画諸々は、どれもSHINeeの5人がすごくきらきらしていて、いいなあ、いいなあと思い毎日写真を保存している。

けど、やっぱり、こうやってきらきらしてるのの向こう側に、この輝きをつくるだけの真っ暗闇が存在しているのだろうか、とか考えてしまう。
そうなんだろうなと思う。
光の分だけ闇も濃いという厨二的言い回しをすぐに言いたくなる系アラサーだけどやっぱり言いたくなっちゃうよ。


改めて、私は一体なにを、なにを「すき」なんだろうと思う。
本当に会ったことも話したこともない、おまけに言語を理解することさえできないひとびとの、一体何を、私はすきだと思ってこんな風に毎日朝から晩まで彼らのことばかり考えているのだろう。

単なる外見だけだったら全然よかったのに、そうでないからやっかいなのだ。
外見だけすきなのだったら、ていうか実際そうなんでしょ、そうしたら彼らがどんな人間だって構わないし、例えば歌声がすきとか、そうだったら歌が聴ければ問題ないでしょとか。
でも違うから困る。

私は何がしかの妄想と幻想を彼らに勝手に背負わせており、それは「すごく真面目」とか「かわいい」とかとにかく、割に「倫理的」な感じであって、また全ての女子の愛を受ける存在としての「アイドル」像に「誠実」である姿。彼女なんていないしファンの声援を受けて「ありがとう」って言ってくれるしそういう「正しいアイドル」。

思えばなんでそんなもん信じちゃってんだよって感じである。
ていうか、アイドルをすきになるのに、そういう「正しさ」どうして必要なの?
歌が歌えたりいけめんでダンスがうまかったりするののほかに何が必要だと言うんだ。
所詮彼らの胸の内なんて永遠に分からないのに。
どうして彼らの性格とか勝手に想像して色々考えちゃって、「すき」とか言っちゃって馬鹿みたいである。ていうか実際馬鹿なのだ。


この前に友人と、「芸能人」的なひとびとを「すき」であるということについて真剣喋り場アラサーを開催したんですけども。
私は、例えば地下アイドルとかには今のとこハマれそうにないなと思う。距離が近過ぎる。

私は、「すきだ」って思うともう本当前が見えなくなるっていうことは自分で分かっており、分かっているからなるだけ生きている人間のことはすきになりたくないのである。
身近なところに人間をすきになるとかなり悲惨で、本当に本当に激重になって最後ブラックホールと化すから本当に嫌で、でも芸能人でも結構危ない。

ずっと生きている人間を避けていたのは、生きている人間には私達の永遠に知りようのない「正解」があるからだ。

アニメのキャラなら、私が思ったことが私のなかでは「正解」である。
私はONE PIAECEのサンジ君にハマってたんですが、彼がどんなひとで、何を考え、彼にとって何が幸せなんだろうとか、考えるのは自由だし私がゾロへの思いが報われることが彼にとっての幸せなんだって信じれば、それは私のなかでは真実になる。
解釈違いはあれど、それは他人と自分の境をしっかりと持っていればいいだけの話で、隣の芝生が青く見えればそういう薄い本を読んで感動すればいいだけの話。

けど生きている人間というのは別だ。
彼らには、確実に彼らの考えていることがある。彼らの思いがあり、彼らの性格や彼らの人生があり、彼らの意志があり、彼らの幸せがある。
そしてそれは私達には永遠に分からない。

別に、彼らが私達に見せてくれる面が、まったくの嘘だとは思わない。それはそれなりに彼らのたくさんに輝く面のうちのひとつ、たくさんに光って見えるそれら、光の反対側の暗闇を垣間見させるもの。
けどもそれはあくまでも、ただ一面である。


私が彼らを「応援する」という時、私は彼らに何を祈っていいのか分からない。
何を祈れば「正解」なのか分からないから。
全く見当違いな幻想や妄想を押し付けることももちろん可能なので怖い。

来年もSHINeeの5人でまたこうやって一緒にライブをしてほしい、カムバしてほしい、と思う。
5人でまたこうやってきらきらして仲良しでいてほしいと思う。

でもそれって果たして妥当性があるんだろうか。
SHINeeの5人って本当にSHINee続けたいと思ってるのか?
誰かSHINeeを続けることを望んでないこともありうるだろう?
5人でいることに疲れているとしたら?
人間関係がすごくしんどいことになっているかもじゃないか?
これ以上5人でいるのは無理ってことだって、ある、ありうる、あるのだ。

私の「応援」て実はただの妄言?

だから、歌がうまいとか顔がイケメンとかダンスがすごくうまいとか、そういう要素で自分をごまかそうとしている。
私は別に彼らに妄想を抱いているだけじゃない、彼らの、私達から最も見える部分、パフォーマンスを愛しているのであり、彼らの技術に感嘆しているのだ。
だから大丈夫。
私は妄想だけに拘泥してるんじゃない。彼らの仲が本当は最悪に亀裂が入っていても大丈夫。だって彼らのパフォーマンスを私は素晴らしいと思っているから。仲良い必要なんてどこにあるの?

そうやって自分に言い聞かせている。
それで安心しようとしている。
本当は違うと自分でも分かっているのだ。
私は私の勝手な妄想に耽溺しているだけなのだということを、直視したくないだけだと知っている。


本当は熱愛発覚とかそれなりにショックなのだが、よく考えれば何でショックなのか全然意味が分からない。
いい歳した人間が恋愛してても全然不思議じゃないし当たり前だろ。
なんでそれショック受けてんの?
これから先一生話すこともないひとですよ。自分が付き合うとか絶対ありえない人じゃん?
それに何を求めてるわけ?
金払ってる分夢見せて欲しいたってたかがチケ代CD代でしょ?なんだろ1千万くらい使ってれば多少彼らの人生に文句つける権利あるかしら?
でも別にこっちが勝手に払ってるだけよお金。


考えれば考えるほど、自分の馬鹿さだけが浮かびあがってくるのでほとほと嫌になってくる。
アイドルは蜃気楼である。もしくは洞窟の影?でも「本物」の彼らは別にイデアでもない。
近付いても近付いてもどうすることもできない蜃気楼に向かって砂漠を走ってる。その労力、砂漠を抜けることに向けたらどうなんだろう。

でも多分できないのだ。
何故なら私達の世界は限りなく砂漠だから。
砂漠でないところで、蜃気楼という現象を楽しめる人達ももちろんいるだろう。
砂漠で蜃気楼という現象を楽しめる強者もいるだろう。

だけども私は弱い人間なので、ビジネスさらんへにころっと心が動かされて砂漠全力疾走してしまう。
誰かに愛を捧げたい、とか、誰かに愛してるって言ってもらいたい、とか、誰かのこと思い切りすきになって叫びたい、そういう欲望に心が支配されているから、砂漠を走って蜃気楼を現実と思いこんで最後多分砂に足を取られてひからびて死ぬのだ。


知っていることと、分かっていることは別だって言います。
私は、アイドルが、アイドルのさらんへが、ビジネスであり幻想であることを知っている。
けど分からない。多分一生分かることが出来ないと思う。

彼らのビジネスさらんへのなかに、ほんの一滴でも本当があると思って、それが自分の信じたい幻想であることをきっと一生、分からないだろう。
蜃気楼に向かって走ったらいつか手に一滴の水が手に入るんじゃないかっていうくらいの無謀な話。


本当は、そういう幻想を抱くべきではない。
もっとカジュアルに愛を抱くべきだし、人間として終わってるようなひとだってパフォーマンスが良ければいいんじゃない?
スマートにすきだって言って、コンサート会場では叫んでも、一歩現実に戻れば自分の人生にも彼らを立ち入れさせないし、彼らの人生に自分を立ち入れさせようとも、思わない。

ただそれだけのことがどうしてこんなに難しいのだろう。
きっと一生できない。

 

ビートルズのリンゴが、ビートルズを辞めかけたときの話を、時々思い出す。
音楽的に成功して、でもメンバー間の軋轢は音楽やお金やその他諸々を含めかなり深まっていたとき。
普段は温厚なリンゴが、他の三人をなだめてどうにかこうにかやってきていたけど、ついにある日、我慢が限界を迎え、辞めたるわ!とスタジオから飛び出した、という話。
そのときは、ほかの三人が反省?して引き留めた、ということらしいけども。

他人と他人が一緒に何かをやっていくことのうえに生じる避けられない軋轢の、そのぐらぐらした土台のうえにどうにかして立っている、という状況の危うさと、おそらくその後に耐えきれなくなって弾け飛んでしまうであろう未来の、その間にある不安定な瞬間の存在にどうしようもなく胸をつかれる。

 

ファンは所詮他人だ。
アイドルにとって、他人でしかない。
彼らの人生を引きうけることなどできない。何を言うこともできない。

けれども、もし彼らが「ファン」というものを必要とするなら、ならば、私は「ファン」でいようと思う。

前に、南米ツアーのとき、ジョンヒョンが言ったという言葉。
会場のペンライトの波をスマホで写して、「いつか子供ができたとき、お父さんがこんなに愛されたことがあるんだって子供に見せる」と言ったという話。

私はこれを思い出すと、いつも本当に苦しくなる。
彼が、彼らが、そうやっていつかの未来に、彼らの「幸せであった記憶」として、未来の「幸せな」時間のうちに、ペンライトの光を思い返してくれることがあるなら、私はその光のひとつになりたい。
そうやっていつかの未来に、彼らの幸せの記憶の光のひとつであれたら、恐らくそれだけが、私が現在彼らの勝手な幻想を持つ「ファン」として存在する、唯一の救いとなるだろうと思う。
あるいは「許し」的ななにか。


私が台湾の廟で祈った「彼らが幸せであるように」という願いが、ペンライトの光かあるいはCDの一枚かあるいはYouTubeの視聴回数の数字のひとつとしてあればいいと思う。

これもまた願望であり妄想であり、でも砂漠の一滴の水の、太陽を受けた光。
干からびる前にその光が水となって、私を満足に殺すからである。